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2018年9月

パワハラ問題を学校の先生と語り合う 〜教育と部活とアート〜

先日、教育関係の研修会で講演させてもらった。

その懇親会での出来事。
ある中学校の管理職をやっている先生から直々の質問があった。
「昨今のスポーツの現場で起こっているパワハラ問題、
つむちゃんはどう思いますか?」
なるほど、この話題ね〜〜来たか〜って感じです。
「この問題は氷山の一角ですよね。どの競技でも同じですが、
掘れば掘っただけ出てくると思います」
とりあえず、当たり障りのないところから話してみた。
中学の先生は当然納得するはずもなく、語気を強めてきた。
「パワハラ、パワハラって言うけど、正直、そういう指導も必要じゃないですか?」
その先生は、今は管理職だけど、元々は野球部の指導をしていたらしい。
がっしりした体格で、言葉の端々から情熱がほとばしっている。
「そういう指導とは?体罰のことですか?」
「体罰・・・それはダメだけど・・・気合いを入れるぐらいは必要でしょ」
「なるほど、それは必要でしょうね」
「私が学生の頃は、部活動で体罰なんて当たり前だったし、
練習はいつもケンカ腰でした。監督に対して、このヤロウみたいな部分って
絶対にあったし、そこに本気の思いがあった。その体験から学んだことが
社会に出てから役に立った。間違ってますか?」
「いえいえ、間違ってないですよ。僕も似たような経験をしました。
あの頃は辛かったけど、今は、あの経験も必要だったと思いますもん」
先生はホッとしたような表情で、グラスのビールを飲み干した。
「今の流れでいくと、情熱ある指導者は行き場がなくなる。
子供たちも、本気でやり抜く経験をする機会を失うような気がするんです」
「確かに、指導のあり方に悩んでいる方は多いでしょうね」
「どうしたらいいですか?つむちゃんなら、どうしますか?」
今度は僕がノンアルビールをグイッと飲み干した。
「部活動は授業の一環だと思っています。
ただ楽しむだけのレクリエーションではなく、部活は学びの場だと思います」
先生は納得したように、大きくうなずいた。
「アクティブラーニングって注目されてますが、日本にはもともとあったんです。
それが部活動の場だった。子供達は部活からたくさんのことを学びます。
努力すること、勝利の歓喜、敗北から悔しさを知り、再び立ち直る経験をする。
コミュニケーションやチームワークや人間関係も学べる」
「でも一方で、指導方法は進化しなければなりません。暴力はもちろん暴言も
使わない。大声で怒鳴り散らす指導を卒業しなければなりません」
先生は黙って僕の顔を見ていた。 どうやら納得していないようだ。
「殴って教えられた子供は、人を殴ります。それは悪意ではないのです。
むしろ正しいことを貫くために暴力を使う」
先生はう〜んと唸りながら中空を睨んだ。
「子供は大人の一挙手一投足から学びます。いくらきれいごとを言っても
効果はありません。特に尊敬する先生がやったことは強烈に記憶されます」
一呼吸入れて、先生のグラスにビールを注いだ。
「ぼくは子供たちに暴力の使い方を教えるつもりはありません。
何か思い通りにいかない時に大声で怒鳴り散らす大人にもなって欲しくない」
「それはそのとおりですね」ようやく先生がうなずいた。
「で、先生に提案があるのですが・・・」
「指導者の情熱や本気をしっかり活かして、その上で、体罰や暴言を使わずに
部活を通して子供たちに最高の体験をさせる、それを目指してほしいんです!」
「・・・・できるかな?・・・・」
「やってみるんです!誰かがやってみせるしかありません」
ちょうどお開きの時間になった。
ぼくは先生と握手を交わした。分厚くて暖かい手だった。
人を育てる仕事に、正解はないのかもしれない。
相反することを両立させながら、美しいバランスを作り出すようなもの。
アートかもしれない。
教育とは人間が一生かけて取り組むアートかもしれないね。

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