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2011年1月

1.31 笑売繁盛会議 概要

サッカー日本代表やりましたね~!!

李選手のシュート、美しかったですね~!

キーパー川島選手のファインセーブ、心が震えましたね~!!

そんな興奮も覚めやらぬまま、今度は「はちのへ冬季国体」での快挙です。

アイスホッケー成年の青森代表が、なんと23年ぶりに優勝しました!

永遠のライバル・北海道代表を準決勝で破り、

決勝では香川代表チームを寄せ付けませんでした。

笑売繁盛会議メンバーには、元アイスホッケー選手が結構いますから、

昨夜は祝杯をあげたのではないでしょうか。

さて、日本中が盛り上がっている中、(特に八戸は2倍の盛り上がり)

2011年最初の、笑売繁盛会議を開催します。

テーマは、今年一年の志を立てる!「信念会」です。

それでは概要をお知らせします。

●笑売繁盛会議 1月31日 19時~

会場:いちば亭(八食センター 厨スタジアム) *会費:3,500円 

テーマ:一年の志 「信念」の発表

★レポート報告

①盛岡遠征 セミナーレポート発表(三村、林源太)

②平本あきおコーチングセミナー レポート発表(津村)

★参加者

竹中裕彰 ごっつりラーメン

松本恵治 八食センター

三村和良 鳳凰シノワ

津村柾広 サードプロデュース

川村誠  八食センター

松本光由 フォーユー

林源太  くいもの屋わん

本田麗佳 くいもの屋わん

佐々木淳史 いちば亭

小山田裕之 八食市場寿司

洞内健  居酒家健

大津正寿 青森ヤクルト

奥瀬英俊 七戸養護学校

沼山

河門前強 ヒール

根市

工藤秀之 

鈴木一生 サッポロビール

月舘宣文 むつみ屋

岩間奈々 鳳凰シノワ

増尾淳  八戸養護学校

桑原冨美一 スマイリング

平野大吾 平野家 *ルーキー

★2~3次会より

岡沼宏和 がんこおやじ

箭内一三 鳳凰シノワ

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24 IN  MORIOKA ~WINTER SEASON~

真冬の盛岡を舞台にした、4人の男の数奇な一夜。

彼らは何を想い、何に傷つき、そして、何を叫んだのか・・・。

私は一人のライターとして、その真実に迫ってみたい。

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●1月27日木曜日、4人の男は雪の盛岡に向かうことになった。

メンバーは、連邦捜査官のツム、ダイミム、アントン岡(日系二世)

そして、新米刑事のゲンターである。

実は、彼ら4人以外にも同行したメンバーが3人いたのだが、

彼らの名誉のため、この事件の供述書から省くことにする。

●11:45 4人の捜査官は八戸駅に集合する予定だった。

しかし、ここでトラブルが起きる。

JRのチケット全員分を持ったアントン岡が集合場所に現れないのだ。

ほどなく、捜査官ダイミムの携帯が鳴り「在来線の電車に乗り遅れた・・・」との伝言。

アントン岡は、タクシーに乗り込み、八戸駅に向かっているらしい。

ベテラン捜査官ツムはつぶやいた。

「学校の近くに住んでるやつに限って、遅刻するものさ・・・」

●12:00 新幹線出発5分前にアントン到着。

すかさず、同行メンバーはホームに疾走し、無事乗車。

なぜか、「間に会った~!」みたいなノリで温かい空気が流れる。

●12:30 盛岡駅に到着。八戸以上の雪景色に一同感嘆。

とりあえず、そば処として有名な盛岡だけに、ランチは蕎麦で全員一致。

有名老舗でおいしい蕎麦をいただき、上機嫌で会場に向かう。

●13:30 セミナー開始 八戸を代表してダイミムが挨拶する

●13:45 第一部スタート 第5回居酒屋甲子園の優勝店舗

炎丸の深見さんから、優勝の秘訣などを学ぶ。

●15:45 セミナー第2部 前理事長の高橋さんから「夢とそろばん」という

タイトルの講演を聞く。一同共感し深く頷く。

●16:45 松田新理事長の挨拶で、盛岡セミナー終了

●17:00 何も喋っていないのに、のどはカラカラ。懇親会が待ち遠しい。

●17:30 八戸チーム懇親会会場に到着。

他のメンツが揃っていないにも関わらず生ビールで乾杯する。  

●18:00 居酒屋甲子園理事メンバーなど、全メンツが揃う。

「かんぱ~い!」この時点で八戸メンバーはほろ酔い状態。

●19:00 全メンツによる自己紹介タイムがスタート。

自己紹介の際は、なぜか一気飲みを3回繰り返す拷問が行われる。

●20:00 自己紹介は終わり、八戸メンバーの酔いはかなりディープに。

ここで、薩摩藩からテロリスト登場!

テロリストが持ちこんだ上質な芋焼酎が、次々と酌み交わされる。

捜査官アントンと新米刑事ゲンターが、焼酎の一気飲みに応じる。

●20:10 一次会お開き

4人の捜査官は他人が言う事を一切聞かず、自分の事情だけで行動する。

いわゆるチーム崩壊の瞬間。

●20:15 二次会会場へ到着

ここでダイミム捜査官は所用のためチームを離脱。

「22:00に盛岡駅で」という暗号を残し消息を絶つ。

●20:30 ベテラン捜査官ツムは、ゲンターの不在に気づく。

すかさずアントンに告げるが、「ダイミムさんと一緒じゃないすか~」と一刀両断。

●21:00 二次会場でワインがふるまわれる。

ワインにはどうやら精神酩酊剤が混入されていたらしく、

捜査官ツムとアントンの記憶は、この時から途絶えることになる。

●22:10 二次会お開き。ツム捜査官はすかさず店外へ。

マイナス5℃の気温と舞い散る雪で、覚醒を図るが失敗。

アントン捜査官を置き去りにして、フラフラと盛岡の街を徘徊する。

●22:15 店を飛び出たアントン捜査官はツムの不在に気づく。

「しまった!先を越されたか・・・」とタクシーに飛び乗り、盛岡駅へ。

●22:15 所用を済ませたダイミムは、意気揚々と盛岡駅に向かう。

しかし、ここで政府のスパイがトラップをかける。

茨城弁を操るスパイ石井ちゃんから「もう1軒行こうよ~」と誘われる。

誘われたら断らないダイミムの男気がここで計画を邪魔をする。

まんまとスパイ石井ちゃんの策略にはまり拉致。

●22:30 アントン捜査官が盛岡駅に到着。

残りのメンバー3人の姿が見当たらないが、新幹線出発の時刻が迫る。

●22:35 ツム捜査官 駅前のローソンでのど飴を買う。

「冬は乾燥してかなわんからな・・・のど飴買わなぁアカン」

●22:36 青森行きの最終新幹線が盛岡を出発。

無事に帰還の途についたのは、なんとアントン岡捜査官だけであった。

●22:40 新米刑事ゲンターが盛岡駅に現れる。

焼酎の一気飲みで意識は朦朧とした様子・・・。

●22:45 スパイ石井ちゃんと盛岡の歓楽街に繰り出したダイミムは

上機嫌で一通の電話を受信する。「乗り遅れました~どうしよう!!」

ゲンターからSOSの緊急電話であった。

●22:50 のど飴をなめながら、ツム捜査官が盛岡駅に登場。

「最終の電車が、もうすぐ出発します」という館内アナウンスの幻聴を聞く

●22:54 アントン捜査官は新幹線車内でホッと息を吐く

●22:54 ダイミム捜査官はゲンターの身柄を確保するため電話で指示

●22:54 ツム捜査官、盛岡駅の階段を駆け上がる。

新幹線を確保。「間に会った!」ツム捜査官から安堵の叫び。

●22:55 ダイミムとゲンターのホットラインが切れる。

なぜか指定の場所にゲンター刑事は現れず・・・。

●22:56 ツム捜査官、新幹線の窓を叩き、駅員に必死の抗議をする。

「開けてくれ~、私はこの新幹線に乗らねばならんのだ~!!」

しかし、無情にも新幹線のドアを開かない。

ふと我に帰り、車内を見ると、無人の列。車体には「回送」という表示を発見。

●23:00 アントン捜査官は、心地いい新幹線のノイズにその身をまかせる。

●23:00 ツム捜査官は駅員を尋問する「私は八戸へ帰れますか?」

駅員は無表情に答える「明日ならね」

●23:05 新幹線八戸駅を通過

●23:05 ゲンター刑事、あまりの寒さのため、近くのラーメン店に潜入。

●23:05 ダイミム捜査官はスパイ石井ちゃんの罠にはまり豪遊

●23:05 ツム捜査官、盛岡駅を一人後にする。

●23:10 ダイミムとゲンターのホットラインがつながる。

「今ラーメン店に潜入しました。捜査が終わりしだい合流します」とゲンター。

●23:10 ツム捜査官ホテルを確保。深夜のため空き部屋はツインのみ。

「もちろん、ツインでOKです」礼儀正しいツム捜査官である。

●23:30 新幹線 新青森駅に到着

●23:30 熱い風呂に浸かったツム捜査官は上機嫌でダイミムに連絡。

「ダイミムも盛岡におるのか?マジか?しゃーないな~部屋はツインだからどうぞ!」

●23:45 新青森駅の駅員さんが、シートにうずくまり、

鼾をかいている一人の男を発見。「お客さん終点ですよ!」

●23:50 ゲンターからダイミムへ電話。「これからラーメン店に潜入します」

「えっ?さっきもラーメン屋にいるっていってたはずなのに・・・」

どうやら、ゲンター刑事は幻覚剤を投与されたらしい。

●23:50 アントン捜査官覚醒。

第一声は「八戸ですか・・・?」、もちろん答えは「いいえ青森です」

●24:00 ツム捜査官就寝。「今日のアメトーク、あんまりオモロないな~」

●24:00 アントン捜査官。無人の新青森駅を出発。積雪は100cm越え。

なぜか、自店に電話をする。「今、青森だけど、八戸に帰るから」

●24:30 ダイミム3軒目か4軒目の盛り場へ

●24:30 ツム捜査官、熟睡。

●24:30 ゲンター刑事、ラーメン店で熟睡。

●24:30 アントン捜査官、八戸に帰るのは諦め、青森市内のホテルに潜入。

●25:00 アントン捜査官、この日2度目の熟睡。

●25:00 ゲンター刑事、ラーメン店から逃走。近場のホテルに身を隠す。

●26:00 ダイミム捜査官、スパイ石井ちゃんと同じホテルに軟禁。

●翌6:00 アントン捜査官、新青森駅始発の新幹線で帰八。

●同6:30 ゲンター刑事、盛岡駅始発の新幹線で帰八。

●同9:00 ツム捜査官、ダイミム捜査官、盛岡駅出発。

道中、ことの一部始終を検証し、笑いとまらず。

●12:00 4人の捜査官は何事もなかったような顔で、それぞれの任務につく。

しかし、ミッションinモリオカは、4連敗という惨憺たる結果に終わった。

笑売繁盛会議史上に残る、最悪の一日として、今後も語り継がれるであろう。

この物語はすべて事実である。 

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まっちゃん最高!

まっちゃん最高!
締めは理事長のまっちゃんです!

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松田理事長

松田理事長
まっちゃんいいよね〜

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盛り上がっています!!

盛り上がっています!!
居酒屋甲子園メンバー凄いです!

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懇親会スタート

懇親会スタート
東北支部長 一二三さんです

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セミナー第2部

セミナー第2部
前理事長の高橋英樹さん登場です!

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優勝店舗 炎丸の深見さん

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第一部 セミナーは第5回居酒屋甲子園の優勝店舗、炎丸の深見社長です

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大三村スピーチ

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ラーメン店でも決勝まで行きたい!という意気込みがビシビシ感じました!

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ランチは東屋

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そば処盛岡だけに、ランチはそばで決まり!

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盛岡遠征 出発!

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本日は居酒屋甲子園のセミナーで盛岡に行ってきます!同行者は、大三村、アントニオ岡沼、ロケットゲンタ、ご馳の篠原さん、鮫八の大館さんとスタッフさんです。行ってきま〜す!!

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「もし大人になれたなら、詩人になりたい」と少女は言った

「もし大人になれたなら、詩人になりたい」と言った女の子がいました。

彼女は病気で大学病院に入院していました。

なかなか治らない重い病気を患っていたのでしょう。

彼女の夢は大人になること。健康な子供なら、そんな夢を持つことはありません。

大人になら、誰だってなれる・・・。でも女の子の夢は、大人になることでした。

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昨夜放送されたNHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」をご覧になりましたか?

今回のプロフェッショナルは、病院内教師を務める副島賢和さんでした。

病院内教師とは、病気やケガなどで学校へ通えない子供たちのために

病院の中で授業を行う先生のことです。

副島先生は、勉強を教えることと同時に、子供たちの不安や心配のケアもします。

子供たちの中には、病気になった自分を責めたり、

自分の病気で家族に迷惑をかけていると悩む子もいるそうです。

副島先生は、そんな子供たちの心中を察し、

「キミはここに居ていいんだよ。みんなキミのことを想っているよ」

というメッセージを送ります。

副島先生は、わざとドジを踏んだり、受けないダジャレを連発します。

その様子を見た子供たちは「自分も失敗していいんだ」と自信を持ちます。

また、先生がもっとも大切にしているのは「笑い」です。

「笑い」は子供たちを前向きにします。元気にします。

ある日、副島先生の教室に一人の女の子がやってきます。

手術を直前に控えた12歳の少女でした。

彼女に笑顔はなく、先生に聞かれたことにも答えません。

そんな彼女の固まった心を、副島先生はゆっくり解きほぐしていきます。

不安や不満を洗いざらい出すことで、心を空っぽにします。

ネガティブなことを出し切ったあとは、好きなものをドンドン言わせます。

彼女の頭の中は好きなものでいっぱいになり、心がポジティブになってきます。

手術当日、副島先生は彼女の病室を訪ねます。

でも何も言いません。ただ一緒に漫画本を読んで退室するのです。

「そうっと、そばにいる」こと。

それが病気の子供たちを勇気づける唯一の方法なのだそうです。

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副島先生には忘れられない生徒がいます。

涼くんという男の子です。

涼くんは重い病気にかかりながら、いつも明るく前向きな少年でした。

その少年が書いた詩が、副島先生を今も支えています。

「ぼくは幸せ」というタイトルの詩です。

「お家にいられれば幸せ

ごはんが食べられれば幸せ

空がきれいだと幸せ

みんなが幸せと思わないことも

幸せに思えるから、

ぼくのまわりには

幸せがいっぱいあるんだよ」

過酷な治療を受けながらも、幸せだと言える少年の言葉に、

副島先生のスイッチが入りました。

この詩を書いた少年は、12歳の誕生日のあとに亡くなりました。

でも、副島先生の心の中に、ずぅ~っと生きています。

迷った時、副島先生は涼くんに語りかけます。

「キミならどうする?」

涼くんは副島先生の師匠なのですね。

★「プロフェッショナルとは?」そう聞かれた副島先生の答えです。

「そこにいること、在ることの大切さを知っていること。

あたりまえのことを、あたりまえに行える人。

目に見えないものも、しっかり受け止めることができる人。」

日本には、無名だけれど素晴らしい仕事をしている人がいます。

本物のプロフェッショナル。私たちもプロフェッショナルにならなアカンね!

*「プロフェッショナル 仕事の流儀」再放送は本日深夜0:15~です。

時間があったら、ぜひご覧ください。

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アメマ~!!4万キロを走った世界一のアホ

芸人にとって「アホ」は最高の褒め言葉です。

ってことは「世界一のアホ」は「世界一の芸人」ということです。

昨夜の「寛平さんのアースマラソン」、最終ゴール生中継は感動しましたね~。

マラソンの実況を務めた福留さんが、ゴール間近に迫った寛平さんに向けて

「寛平ちゃん、あんたは世界一のアホや~!!」というエールを送りました。

そのシーンは本当にカッコよかった。

ライトアップされた大阪城をバックに、大阪の街を疾走する寛平さん。

沿道には、予想をはるかに上回るサポーターたち。

その一人一人に「ありがとう」と声をかけ、ハイタッチする寛平さん。

カッコいい!カッコいいのに、あえて「アホ」という称賛を贈る福留さん。

みんな、みんな、素敵でした!

アホはアホでも、ホンマモノのアホはやっぱりカッコいいんだね!

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それにしても、4万キロですよ・・・!

フルマラソンにして、約1000本。それをほぼ毎日走るんですよ。

大阪から出発して、東へ東へ東へ、真っ直ぐ走って1周すると大阪。

「やっぱり地球は丸かったわ~」って寛平さんが言ってましたね。

もしアースマラソンを走りたい人がいたら?という質問には

「おすすめできない・・・死ぬ可能性があるから・・・」と答えていました。

正直、寛平さんが死んじゃう可能性だってあったわけです。

ゴールしたときの、奥さまや家族の涙や芸人仲間との抱擁は、

「生きて帰ってきて良かった~」という安堵感がにじみ出ていました。

また、寛平さんが凄いのは、ただ黙々と走った訳じゃないという事です。

常に新しいギャグを考えながら、世界中を笑顔にしてきました。

寛平さんの笑いは、フィジカルとサウンドが主体なので、

言葉の壁を遥かに超えていきます。国際的なギャグマシーンなのです。

いわば、このアースマラソンは「芸修行の旅」だったのかもしれません。

あるいは、767日間をかけた壮大な喜劇ドラマ・・・。

いずれにしても、私はこの2年あまり、寛平さんに楽しませてもらいました。

時には、寛平さんの後ろ姿から勇気をもらいました。

どんなときでも、笑いを忘れない寛平さんの芸人魂に感動しました。

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寛平さんのアースマラソンに共感した私は、一つの目標を見つけました。

今の寛平さんと同じ年の60歳になったら、実行しようと思います。

八戸を出発して、西へ西へ西へ、向かう先は、土佐桂浜の龍馬像です。

還暦になったら、自分の足だけを使って、龍馬さんに会いに行く。

どうですか?アースマラソンには及びませんが、高知も遠いですよ~。

60歳になったとき、私の気力や体力はみなぎっているでしょうか?

それを確かめるために、ここで約束します。

還暦になったら、自分の足だけで、龍馬さんに会いに行きます。

その時は皆さんでこう言ってください。

「つむちゃんは、あいかわらず、アホやな~」って。

私にとっては、至高の褒め言葉です。

キャッチフレーズは「アホアホ!アメマ~60!(シックスティー)」。

なんか、元気出てきたわ~!寛平さん、ありがとう!!

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夢や目標の押し売りはやめよう

夢をもて!目標をもて!ビジョンをもて!

今さら言うまでもなく、夢や目標やビジョンは大切です。

大きな志を掲げ、何のためにやるのか、ぶれない目的を持ち、

夢に向かって一歩前進!目標をクリア!ビジョンをつかめ~!!

もちろんそうだ!絶対にやるぞ!私はそう信じています。

しかし、しかしですね、「夢」とか「目標」とか「ビジョン」とか、

そんな言葉を聞く度に、テンションが下がる人もいるのです。

そういう人はダメ人間なのでしょうか?

もしダメなのだとしたら、日本にはダメ人間がかなりいるような気がします。

「夢って言われても、特にないっすね~」

「目標すか?気楽に生きることすかね~」

「ビジョンって、何ですか?」などなど、

こんなことを言われると、私はガッカリして肩を落としてしまいます。

「なぜ夢とか目標とかないの?そんな生き方ってありなの?」

無気力な若者たち、人生に見切りをつけた大人たち・・・

そんな人に出会うたび、私は憤りを感じます。

でも、それは私の勘違いでした。間違だって気づいたのです。

あなたの究極の目的は何ですか?と問われたら、

たいがいの人が「幸せになること」って答えるでしょう。

幸せの形は、人それぞれです。幸せに規定はありません。

仕事で幸せを感じる人もいれば、家庭の中に幸せがある人もいる。

幸せに決まりはないのです。幸せかどうかを決めるのは自分だけ。

だとしたら、夢がなくても、幸せに生きていればいい。

目標がなくても、幸福というゴールに向かっていればいいのです。

飲食店で働く友人のひとりは、こう言いました。

「おいしいものを食べて、ニッコリ笑っているお客さんを見ると、

一番幸せを感じるんだよなぁ~」と。

彼の将来の夢やビジョンは、決して具体的ではありません。

夢はより具体化することによって実現に近づきますから、

そう意味では、彼の目標はとても曖昧です。

しかし、日々の仕事に「やりがい」を感じ、それを糧に明日も頑張れるのなら

誰も彼のやり方を否定することはできないでしょう。

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心理カウンセラーの平本あきお氏は、このように説いてくれました。

夢やビジョンを決めて、ゴール設定から行動する人は「ビジョン型」。

自分らしさややりがいに幸せを感じ、日々を積み重ねていく人は「価値観型」。

日本一の富士山を登ろう!決めて行動する人と

日々一歩ずつ前進して気が付いたら、富士山に登っていた人の違いです。

欧米には「ビジョン型」の人が多く、日本人は「価値観型」が多いみたいです。

平本さん自身は、完全なビジョン型なので、価値観型の多い日本で

コーチングの仕事を始めたときは、随分戸惑ったと言います。

「なぜ、夢や目標がないのに、幸福を感じているのか?」

実際、夢や目標が明確でなくても、立派に社会貢献している人がいます。

平本さんは、「ビジョン型」が万能ではないことを悟ったそうです。

そして、それぞれの型によって、コーチングの方法を変えてみると、

これまでには考えられないほど成果が出たと言います。

★「夢」や「ビジョン」はあったほうがいい。

でも、それがなくても、日々の暮らしに幸せを感じていればいい。

「ビジョン」に向かうことで、頑張れる人には「ビジョン」を。

「やりがい」を感じることで、頑張れる人には「やりがい」を。

何を隠そう、元々の私自身は「価値観型」でした。

ところが独立開業して様々な経験を積むうちに「ビジョン型」に変わりました。

状況や環境によって、モチベーションは変化するのですね。

そんなものなのかもしれません・・・。

だから、私は「夢」や「目標」の押し売りはやめようと思うのです。

ちなみに、あなたはどっちの型でしょうか?

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コーチングとは人に勇気を与える仕事

平本あきお氏の公開コーチングに参加してきました。

細かいロジックは抜きにして、実践的なコーチングの現場をたっぷり体感しました。

途中で、平本さんが何度も言っていました。

「この公開コーチングは頭で理解しようとしてはダメですよ~

身体的に感じ取ってほしいのです・・・だからメモはなるべく取らないほうがいい」と。

これまでのセミナーなら、大事な部分をしっかりメモって、

言葉から理解しようとしていた私にとっては、とても新鮮なセミナーになりました。

朝10時から夜7時過ぎまで、濃密な時間を体験したのですが、

メモったことは、わずかノート2ページも満ちません。

しかし、身体的に体感した経験知が体のあちこちに残っているのです。

あのときの表情、あのときの声、あのときのアクション、

あのときの驚き、あのときの歓喜、あのときの感動。

ひとつひとつを言葉に置き換えるには、もう少し時間がかかりそうなので、

平本式コーチングの中では、もっとも理論的なエピソードをお話します。

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物理学と心理学の違いって、うまく説明できますか?

何となくイメージできるのは、物理は数学に近くて、

心理は哲学に近いのかなと、そんな感じでしょうか・・・。

物理学は、原因論として捉えることができるそうです。

例えば、ある機械が9つの部品で作られているとします。

ある日、機械が故障します。誰でも、機械が故障したら、原因を探しますよね。

原因を探すと、9つの部品のうちの1つが故障していることをつきとめます。

原因が解ったら修理するか、悪い部品を交換します。

一方、心理学は目的論として捉えられます。

何か不具合があった場合、その原因を探しますが、

故障個所を修理したり交換したりはしません。

むしろ、原因の周囲にある「小さな良い点」を見つけるようにします。

そして、その良い点をもっと増やすように働きかけます。

例えば、なかなかプラス思考になれない人に対しては、

「もっとプラス思考で行こうよ!」と激励するのではなく

過去の経験の中に埋もれている、小さな成功体験を引き出してみます。

困っている人を助けた経験や、授業で褒められた経験、

誰も見ていないところで、ゴミを拾った経験など、

本人も気づいていない、小さなな成功体験を具体的に再現すると、

その時の喜びや達成感が再び甦ってきます。

そして、その身体的な感覚が大きくなればなるほど、

故障個所(悪い点)はどんどん小さくなっていき、いつかは気にならなくなります。

★あなたは、知らず知らずに物理学的なアドバイスをしていませんか?

「キミはこんないい点がある、でも、この点はあまり良くない。

だから、この悪い点を治していこう!」と。

言葉の途中に「BUT(でも)」が入って、その後にダメだしをするパターン。

物ではなく人を相手にしているのに、「物理学」を使っていますね・・・。

このアドバイスでうまくいきましたか?

もし、心理学的なアプローチをしていたなら、どうでしょうか。

彼の小さな成功体験を掘り起こして、良い点を増やすように促したら・・・。

★コーチングは、人に勇気を与える素敵な仕事です。

人は物ではなく、人は、やっぱり人なのだと、再認識させてくれる仕事です。

人は一人では、とても弱いものです。

悩んだり迷ったり、挫けたり諦めたりします。

でも、そばに応援してくれる仲間がいれば、もう少し頑張れるかもしれません。

真剣に応援してくれる仲間、それが、まさしくコーチングの神髄です。

私は、この平本式コーチングを、もうちょっと勉強してみたいなと思っています。

詳しくは、1月31日の「信念会」でお話しましょう。

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「人生は簡単に変わる。夢は簡単に見つかる。」by平本あきお

平本あきおさんと云うメンタルトレーナーがいます。

初めてお会いしたのは、ドリプラ2010の会場でした。

ドリプラの会場には、20名を超える日本を代表するメンターが揃いましたが

中でも、平本さんの存在は際立っていました。

何と言うか、他のメンターとは、ちょっと異質でユニークな輝きを感じました。

ちなみに、格闘家の石井慧選手が北京オリンピックの柔道重量級で

金メダルを獲得したとき、メンタル面を支えたのは平本さんだったそうです。

石井選手以外にも、平本さんのコーチングで開眼したアスリートや

アーティスト、ビジネスパーソンは枚挙にいとまがありません。

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平本さんは1965年神戸生まれです。

漫画「あしたのジョー」の舞台のようなドヤ街で育ったそうです。

高校はヤンキーばかりで、平本さん自身もツッパリでした。

そんな平本青年が「人間の幸せってなんだろう?」と

疑問をもつところから、彼の人生は大きく変わっていきます。

お金持ちが幸せとは限らない。健康だけでも幸せになれない。

高学歴のエリートだって、幸せだとは限らない・・・。

こうして平本さんの、「幸せってなんだっけ~」の旅が始ったのです。

まずは、ヤンキー高校から3浪の末、大学進学。

続いて、日本最高学府の東京大学大学院で心理学を専攻。

しかし、心理カウンセラーとして一人立ちした矢先に、最悪の事態が起きます。

阪神淡路大震災です。震災で、平本さんの実家は全壊。ご両親は亡くなります。

平本さんは絶望の淵で、自らをメンタルコントロールしながら、

震災後の神戸で、がむしゃらに生き抜きます。

そして、そのとき決意するのです。「日本を元気にしてやる!」と。

その後、メンタルトレーニング先進国アメリカへ留学。

不得意な英語で、貧民街の小学校や刑務所でカウンセラーを務めます。

2001年9月、ニューヨークテロの2週間後に帰国すると、

当時の日本は、「コーチング」という言葉が普及する前だったため、

なかなか理解されず、仕事もなく、友人宅で寝袋生活をしていたそうです。

それでも、平本さんの自分軸は揺らぎません。

「絶対に今まで学んできたカウンセリングやコーチングで、

出会う一人一人の自分らしさを引き出して、夢実現のサポートをする!」

逆境になればなるほど、平本さんの大志の炎はメラメラ燃えたのでしょう。

2年後には、青山の表参道に会社を設立。

現在は前述したとおり、多数の信奉者を抱え、セミナーや企業研修で

日本全国をまたにかけて大活躍しています。

ドリプラの会場で、平本さんの自己紹介を目の当たりにしたとき、

私のハートは完全につかまれました。

思わず口から飛び出た言葉は、「この人凄ぇ~」でした。

傍にいた中村文昭さんが言いました。

「平本さんって、めっちゃおもろいで~」

「平本さんのセミナーは1回受けたほうがエエでぇ~」と。

ドリプラ後、平本さんの著作を2冊読みました。

今、3冊目の半分ほどまで読んでいる最中です。

「人生は簡単に変わる。夢は簡単にみつかる。」は、平本さんの名言ですが、

本を読んだだけでも、そのエッセンスを充分に感じます。

明日、東京で「平本あきおのコーチング ライブセッション」が行われます。

朝10時から夜7時までの、ロングランセミナーです。

私はこのセミナーを受講してきます。

ドリプラ・グループ研修の優勝賞品で、受講料無料をゲットしたのです。

新年早々、なんという幸運でしょうか!

もちろん、皆さんには、セミナーから学んだことをお土産にします。

明日以降のブログでも、ちょいちょい配信しますのでよろしく!

詳細は1月31日の「信念会(新年会)」で発表しますので、

楽しみにお待ちください!!

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「僕はもともと、商売はうまくいかないものだと思っています」by柳井正

私は独立開業して8年が経ちました。

桃栗3年、柿8年の8年です。柿だって8年もかければ実をつけるものです。

この8年間を振り返ってみて、私の中には2つの見解があります。

一つは、「こんな脆弱な経営環境の中で、よく8年も持ったものだ・・・」というもの。

もう一つは、「8年間やって、いまだにこの程度の業績かいな・・・」というものです。

8年間で、様々な経験を積み、人間的には成長できたかな~と思う一方、

肝心の業績がアカンがな~とも思います。どちらも事実なのです。

ユニクロの柳井社長はこう言いました。

「僕はもともと、商売はうまくいかないものだと思っています」と。

日本を代表する成長企業・ユニクロの柳井社長でさえも、

経営とは困難で、うまくいかなくて当たり前なことなのだそうです。

もちろん、経営レベルは天と地の差はあるのですが、

私などのような地下商人でも、難しさの実感は深く頷くものなのです。

そんな柳井さんの座右の名著と言われる経営の教科書があります。

ハロルド・ジェニーン氏の著作「プロフェッショナル・マネジャーノート」です。

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プロフェッショナルマネージャーとは経営のプロということです。

柳井さんは、若い頃にこの本の原著に出会い感銘を受け、

自らの経営力をアマチュアレベルだったと気づきます。

「これまでの自分のやり方は甘かった」と、何が何でも結果を出すという

強い気持ちが足りなかったと、開眼するのです。

なんだかんだ言っても、経営は「業績」というただ一つの基準で評価されます。

業績が悪ければ、企業は存続できません。

夢も社会貢献も幸福も、何も生まれては来ないのです。

この本の中で、業績を上げる秘訣が語られています。

●「終わりから始めなさい!なぜならば、ゴールを設定すれば

『成功するためにすべきこと』が明らかになるからだ」

★ジェニーン氏の経営戦略は、まず終点を設定することに重きを置きます。

なぜなら、それらの障壁こそが目的地にたどり着くために

「しなくてはならないこと」だからです。

●「ある問題を解決するために22通りの方法を試み、

それでもまだ成功しなかったら、23番目の方法を試さなければならない」

★これこそがプロの経営者の執念でしょう。方法は何万通りもあると信じて、

行動し続けることが、問題解決の唯一の方法なのです。

●「企業家精神とは他人が気づかない何かを、自分だけが知り得るということ」

★まだ誰も気づいていない事実を見つけ、ビジネスチャンスに命を賭ける。

それこそが企業家精神である。そういう意味では企業内起業家など存在しないと

ジェニーン氏は語っています。

●「事業はスポーツに似ている。例えばサッカーで言えば、

監督はゴールの所在を告げ、ゴールにたどり着くためのルールと戦略を示し、

選手の適性に合うポジションを割り振り、そして厳しい練習を重ねる」

★これは、ジェニーン氏の経営戦略に共感した柳井さんの言葉です。

「終点を設定する=ゴールの所在を告げる」は、経営のコツかもしれませんね。

最後にジェニーン氏の痛烈な一言です。

●「自分に問いかけたときに出てくる答えはいつも同じ・・・。

『もっとよく働け!』だ!」

★『もっとよく働け!』結局この言葉に尽きるのでしょうね!

「よく働く」の意味を考えて、今年の私は、もっとよく働く一年にします!

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タイガーマスクからのプレゼント

皆さんは知っているでしょうか?伊達直人という男のこと。

彼は天涯孤独の身で、孤児院「ちびっこハウス」で育ちました。

強ければいい。力さえあればいい。

幼少の彼は、ひねくれた心で、星を睨みつけながら生きていました。

そんな直人くんが、動物園の虎の檻の前で喧嘩をしたのがきっかで、

ある秘密機関にスカウトされることになります。

その名は「虎の穴」。悪役レスラーを養成する地獄の機関です。

優秀な成績で「虎の穴」を卒業した直人くんは、悪役レスラーとしてデビューします。

リングネームは「タイガーマスク」。伝説の虎覆面です。

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ダーティファイトで、日本のプロレス界を暴れまわるタイガーマスクも、

覆面を脱ぐと一人のナイーブな青年・伊達直人にもどります。

実は、直人くんは、とても優しい青年でした。

自分を育ててくれた孤児院にファイトマネーの一部を寄付していたのです。

しかし、ひとたびリングに上がると、反則技を使う悪役を演じなければなりません。

伊達直人は悩みます。「ちびっこハウス」の孤児たちに恥じない戦いをしたい・・・。

ついに、タイガーマスクは正統派のレスラーに生まれ変わります。

そして、「虎の穴」を裏切ったタイガーマスクには、次々と刺客が現れます。

殺人マシーンと化した「虎の穴」の悪役レスラーたちは、

タイガーマスクを抹殺するために、ありとあらゆるダーティファイトを繰り出します。

タイガーマスクは、ジャイアント馬場やアントニオ猪木の助けを借りながら、

虎の穴の刺客どもと死闘を繰り広げ、

とうとう、世界タイトルマッチまで登りつめます。

しかし、タイトルマッチの当日、事件が起こります。

車に轢かれそうになった少年を救うため、伊達直人は自らの身を呈したのです。

伊達直人は、混濁する意識の中で、虎の覆面をバッグから取り出します。

そして、その覆面を川へ放り投げるのです。

直後、伊達直人は絶命します。

しかし、伊達直人とタイガーマスクの関係は、闇に葬り去られました。

秘密は秘密のまま、タイガーマスクは突如リングから消えたのです。

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2010年クリスマス、伊達直人が帰ってきました。

タイガーマスクとしてリングに立つのではなく、一人の男として戻ってきました。

彼は真新しいランドセルを群馬県の孤児院に届け、また静かに身を隠しました。

孤児院の子供たちは、ピカピカのランドセルに大喜びでした。

2011年正月、今度は神奈川県の孤児院にランドセルが届けれました。

送り主の名は、もちろん、伊達直人です。

手紙には「群馬の伊達直人に感銘を受けた」と記されていました。

どうやら、伊達直人は一人ではないようです。

しかし、その清廉な精神は、同一であると思います。

漫画タイガーマスクの連載がスタートしたのは1968年。

引き続き、アニメが始まったのは1969年です。

推定するなら、伊達直人は1960年代前半の生まれでしょう。

1965年の生まれの私とは同年代であります。

もはや、レスラーとしては峠を越えた年齢ですが、

孤児たちへの温かい思いやりの灯は、いまだに煌々と燃えているのですね。

ありがとうタイガーマスク、否、伊達直人よ。

寒風吹く中の小さな炎かもしれませんが、その温もりはしっかり伝わりました。

最後にタイガーマスクのエンディングテーマ「みなし児のバラード」です。

♪~ あたたかい人の情けに 胸をうつ熱い涙も

知らないで育ったぼくは みなしごさ

強ければそれでいいんだ 力さえあればいいんだ

ひねくれて星をにらんだ ぼくなのさ

ああ、だけどそんなぼくでも あの子らはしたってくれる

それだから、みんなの幸せ 祈るのさ ~♪

★ちなみに、我が家にこのレコードありました!

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帰ってきた、寛平さん!

間寛平さんが日本に帰ってきました!

マラソンとヨットだけで世界1周するというアースマラソンに挑戦して750日。

中国の青島から日本の福岡へ、荒れ狂う対馬海峡を渡ってきました。

旅の途中、前立腺ガンになったり、幾多のアクシデントや試練を超えて、

約束どおりの元気な姿で、間寛平さんが帰ってきました!

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履きつぶしたランニングシューズは50足以上に及びます。

一番きつかったのは、アメリカ大陸の山間部だったそうです。

とにかく、アップダウンの繰り返しには参った・・・とのこと。

それでも、つらくてもきつくても、猛暑の日も、厳寒の日も、

寛平さんは、750日間、毎日ギャグを考えていました。

中でも、一番ウケたのは「パンプキン~」というギャグ。

お尻を突き出し、フリフリしばがら「パンプキン~」とやると、

アメリカの子供たちは大爆笑したそうです。

でも、中近東では、あんまりウケなかったとか・・・。

世界中の子供たちの初めて会った日本人が、

もし寛平さんだったなら、とてもファンタスティックですよね。

「日本人って、めっちゃおもろいや~ん!」って、絶対思っていますから。

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いまだに「寛平さんは、なぜ走ってるの?」という疑問は消えません。

でもね、そんなことは、もうどうでもいいのです!

人力だけで世界1周しちゃった人に、理屈などいらんのです!

「地球は小さな星だと聞いていたけど、実際走ってみたら、

地球はめっちゃ大きかったで~」と、寛平さんが言っていました。

とっても、深いい~コメントだと思いました。

そうか、地球って、思ったより大きいんだな~って、

なんだか素直に、小学校1年生になった気分で聞いちゃいました。

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寛平さんは、すでに751日目のマラソンを開始しました。

荒れ模様の天気の中、ゴールの大阪に向かって、ラストラン中です。

「ゴールが近づいてくると、涙がとまらんと思いますワ~」

その涙は、ようやくゴールできるという、嬉しい涙なのかな?

それとも、辛苦の果てに成し遂げた、達成感の涙なのかな?

還暦を過ぎたおっさんの涙だけど、きっと綺麗な涙なんだろうな。

不純物ゼロの一個の動物が流す涙だから、キラキラ輝くんだよね~。

★寛平さんは、究極の市民ランナーです。

誰かに請われた訳じゃない、ただ自ら走ろうと思っただけ。

走る理由なんて何もない。でも、走っているときの自分に偽りはない。

丸腰だから見える景色や、聞こえる音があるんです。

ゴールテープを切った寛平さんから、どんな話が聞けるのかな?

何が見えて、何が聞こえて、何を感じたのだろうか?

1月21日が待ち遠しいですね。

その日は、みんなで、寛平さんに拍手を贈りましょうね!!

★ダイエット報告

単月プラス0.4kg 

累計マイナス23.4kg

元旦から、1日も休まず走ってますよ~めっちゃ寒いけどね・・・

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「重要な決断はお天道様の下でする」 byイチロー

1月1日にNHK‐BS1で放送された「イチロー ぼくの歩んだ道」は良かったね~

イチロー選手と糸井重里さんとの対談番組だったのですが、

特別な存在・イチローとしてではなく、一人の日本人「鈴木一朗」として語る

葛藤や恐怖や生死や・・・、家族や尊敬や誇りや・・・、

等身大のイチロー選手を垣間見れたような気がして嬉しかったです。

WBCの決勝戦、韓国との死闘の中、同点のまま突入した延長戦で、

日本代表はこの日最高のチャンスを迎えます。

ツーアウト1塁3塁で、バッターボックスに向かうのはイチロー選手でした。

このときの心境をイチロー選手はこう語っていました。

「野球人生最大の恐怖に襲われました・・・。正直、敬遠してくれと祈りました」

「ここで打てなければ、これまで積み重ねた功績がすべて無になる。

この後、どれだけの記録を残そうが、「あの時打てなかったイチロー」と

言われ続けるだろう・・・」と、イチロー選手は思ったそうです。

しかし、韓国チームのバッテリーは敬遠を選ばず勝負にきました。

その瞬間、イチロー選手にスイッチが入りました。

「これはオレに決めろということだ。よ~し絶対打ってやるぞ!!」

結果はみなさんご存知の通り、決勝タイムリーヒットになりました。

イチロー選手は、「恐怖するイチローに初めて会った」と言っています。

恐怖を乗り越えたイチロー選手が、その後、次々とメジャー記録を

塗り替えたことは、彼のメンタル面の成長を物語っていますよね。

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イチロー選手の凄さは「続けること」なのだと、糸井さんが語っていました。

イチロー選手は、特別なことを成し遂げるために、特別なことはしない。

100点を取るために、120%の力は必要ないのだ、と言っています。

「120%の力でやったら、キツ過ぎてやめてしまうでしょ」

目的は、瞬間的に100点を取ることではない、

ず~っと100点に近いパフォーマンスを出し続けることなのです。

私は、思わず、なるほど~と唸ってしまいました。

確かに、何かを成し遂げようとすれば、普段以上に頑張り過ぎてしまうものです。

頑張ることはいいことですが、頑張り過ぎは良くない。

常に持続可能かどうか?それが努力のコツなのかもしれません。

また、イチロー選手は、寝ないで考えた決断を信用しないそうです。

「やっぱり寝なきゃダメでしょ・・・」

しっかり睡眠をとって、平常のテンションで決断したことなら信じられる。

「重要な決断はお天道様の下で決める」、これはイチロー選手の名言です。

力を抜いて、普段通りのテンションで、みんなが驚くような仕事をする。

これって、最高にカッコいいっすよね~!

これこそ、古の剣豪・宮本武蔵が言った「達人の域」です。

剣の達人は、刀をまるで箸のように扱う、無意識の美学です。

毎年、正月になると、「今年こそは・・・」と力みすぎてしまうものです。

その決意は、1年後も持続可能なことですか?

そう自問自答しながら、今年一年の目標や計画や夢を再考してみようと思います。

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2011 始動! まずはパワースポット「蕪島」参り

皆さん、あけましておめでとうございます。

本年もよろしくお願い申し上げます。

さて、元旦から天気は荒れ模様で、逆にワクワクしちゃいました!

恒例の「初日の出」は拝めませんでしたが、

代わりに、青森県でも有数のパワースポットと呼ばれる

蕪島神社へ参拝にいってきました。

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到着すると既に長蛇の列でした。

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今話題の「かぶあがりひょうたんお守り」が人気のようです。

遠くは、韓国や台湾や中国からも来ているらしいです。

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長い階段を登りきると、神殿が見えてきました!

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もうすぐ、参拝の順番が回ってきます。テンションが上がってきましたよ~

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参拝を済ませた後は、神殿の周りを左回りで3周します。

これが、ご利益の秘訣だそうです。

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神殿の裏は雄大な太平洋です。

蕪島神社のご利益は「1位:金運」「2位:安産」「3位:商売繁盛」

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さすがに元日、いつもは賑やかな八戸港も静かに見えますね~。

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天気は荒れ模様でした。白波がうねっていて怖いぐらいでした。

でも、何かが始まる予感がします!!荒れ狂う海を見てると興奮しますね~。

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という訳で、蕪島神社の参拝終了!

果たして、ご利益はあるのでしょうか・・・?

良い1年になりますように!みなさんの分も祈願してきましたよ!

今年は笑売繁盛会議を大飛躍させますよ~

皆さん、がんばりましょうね!!

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