祝!退院!! 僕たちのそばにいつも桑田佳祐がいた♪
1978年、僕は小学校6年生だった。
ピンクレディが全盛で、8割方の女子が夢中だったと思う。
男子のアイドルは誰だったのだろう・・・?
沢田研二?ちょっと違うなぁ~、西城秀樹?それも違う。
吉田拓郎や井上陽水は、兄貴たちの世代のものだったし、
矢沢永吉が率いるキャロルの存在はまったく知らなかった。
そんなとき、突如として登場したのが、サザンオールスターズだった。
♪~ラララ~ララ~ラ~ 今何時?そうねだいたいね~♪
「勝手にシンドバッド」という曲を初めて聞いたのは
マチャアキが司会をつとめる「紅白歌のベストテン」だったような気がする。
とにかく、度肝を抜かれた・・・、これまでの歌謡曲の枠を超えていた。
12歳のアホガキに、ロックもポップスも存在しない。
あるのは、「この曲、かっこいい~」という、動物的な感覚だけだ。
翌日から、ほとんどの男子は「♪~ラララ~♪」を歌い始めた。
この曲は歌詞が、とてもシンプルで繰り返しが多かった。
12歳の脳みそにはジャストフィットする曲だったのだ。
そのうち、学校中でこの曲を口ずさむ声が聞こえてきた。
休み時間、給食時間、放課後の部活、家への帰り道。
当時のサザンオールスターズの位置づけは、歌手と言うよりも芸人に近かった。
ドリフターズに続く、若手コミックバンドといった扱いを受けていた。
しかし、僕たちは気づいていた。「こいつらイケてる~!」
理由は何もない。とにかくアホかっこいい~と思ったのだ。
カトちゃんも志村も、アホおもしろいけど、アホかっこよくはなかった。
サザンの桑田佳祐は、僕たちの価値観の中に、
初めて「おもろい=かっこいい」の図式を作ったのだった。
ほどなく、「勝手にシンドバッド」は、教育関係者からバッシングを受けた。
意味のないめちゃくちゃな歌詞をまくしたてる歌は、
青少年に悪影響を与えると言うのだ・・・?
アホかっ!そこがかっこいいんじゃねぇ~か!
僕たちは、ますますサザンが大好きになった。
小学校を卒業して、中学生になった。僕たちは思春期を迎えていた。
女子のおっぱいばかり気になっていた。
頭の中の50%が野球で、残り全部はおっぱいだった。
そんな矢先、中学2年生の春だった。
桑田佳祐が渾身のバラードを歌った。「いとしのエリー」という曲だ。
「♪~泣かしたこともある~冷たくしてもなお~♪
僕たちは、この曲を待っていた。そして誰もがこの曲に酔った。
♪~エリ~マイラブ~ソ~スイート~♪
桑田佳祐が、絞り出すような声でサビを歌うとき、僕たちは夢を見た。
「失恋って、悲しかっこいいなぁ~」
誰ともつきあったことがないのに、失恋に憧れてしまっていた・・・。
そっからさきの人生、高校生になったとき、上京したとき、
本当の失恋を経験したとき、結婚して子供が生まれたとき、
おっさんになって、スナックでカラオケを歌うとき。
僕のそばには、いつも桑田佳祐がいた。
10歳年上の桑田さんは、僕たちの兄貴だった。
めっちゃエッチな話を教えてくれる、おもろかっこいい兄貴だったのだ。
だから、桑田さんが、ガンに倒れたというニュースはショックだった。
桑田佳祐に、病気は似合わない。
特にガンは絶対ない。あるとしたら、ある種の性病的なものしかないだろう。
でも、桑田佳祐も生身の人間である。しかも50代半ばの。
先日、桑田佳祐退院のニュースが流れた。
ガンの転移は見つからなかったそうだ。本当に良かった。
桑田佳祐には、まだ歌ってほしい。もっともっと歌ってほしい。
小学校6年生の頃から、ずっとずっと、あなたの曲を聞いていたんだ。
あなたがいなくなったら、僕たちは今後、何を口ずさんでいけばいいんだ?
昨日、8月25日、桑田佳祐のシングル曲が発売された。
「本当は怖い愛とロマンス」というタイトル。
曲の内容はまだ知らんけど、間違いなくいい曲だろう。
初回限定版の記念グッズが気にいった。
「タマ金バッジ」という、大きめサイズのバッジらしい・・・
やっぱり、あなたは、僕たちの兄貴です。
退院、おめでとうございます!!
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コメント
腹立つ事を違った角度で見る=不運な事を笑いに転化する
=おもしろい=かっこいい
=かっこつけない=アホでいる=裸でいる=素直
=生きてるだけで、なかなか楽しい♪
とかって図式で自分は解釈してます。
桑田兄さんを始め、自分のまわりにはギラギラの兄さん姉さん方ばかりなんで、
いつも負けずに背中追っかけたくなるばかりです!!
投稿: ロケットげんた | 2010年8月28日 (土) 06時01分